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忠髙山浄専寺
縁起・歴史

一.蓮如上人と三浦助十郎良存の出遇い

釈良存
 浄専寺の縁起は、蓮如上人が三河の国へ来たとき、占部地方の豪族であった三浦助十郎良存(よしあり)が蓮如上人の教化に遇い、深く帰依して土呂に道場を開いたことが始まりです。蓮如上人に師事した三浦助十郎良存は、法名を「釈良存(しゃくりょうぞん)」と賜ります。
 蓮如上人の帰洛の際に、親鸞聖人のお言葉である「噫弘誓強縁、多生叵値真実浄信、億劫叵獲。遇獲行信、遠慶宿縁。」を添えた「蓮如上人五十五歳自画自賛」を申し受けたと伝わっています。その裏書には「釈蓮如(花押)文明元年己丑十一月廿八日 願主釈良存」と記されています(1469年11月28日)。

二.寺号「忠髙山浄専寺」の縁起

浄専寺
 良存の曾孫である三浦助十郎祐玄は、徳川信康付けの武士になります。しかし、信康自刃の後(1579年)、剃髪して釈祐賢と称し、曽祖父良存が建立した土呂道場へ入ります。土呂道場の第二代目となった釈祐賢は「浄専寺」の寺号を教如上人から受け住職となります。『浄専寺三浦家系図』によると、信康自刃後の1579年から1583年の間に「浄専寺」の寺号が与えられたと伝えられています。
 旧知であった本多中務大輔忠勝が、関ヶ原の戦いの功績によって1601(慶長6)年に伊勢国桑名に移封となったときに、祐賢は忠勝公の勧めに従って寺を桑名へ移転します。その際、忠勝公の祖父「忠豊」と、父「忠髙」の菩提寺として「忠髙山」の山号を賜名されます。

三.本山寺院の整備の歴史

阿弥陀如来
  1604(慶長9)年10月に教如上人から「本願寺親鸞聖人御影」を受けます。また「三朝髙祖真影」と「上宮太子真影」を1652(慶安5)年に宣如上人から受け、本山寺院としての整備が図られていきます。
 浄専寺第四代「珍領」(1609~1694年)の時代には「木造阿弥陀如来立像」を本尊として安置します。この本尊は大和国郡山付近の海津村にあった「横川恵心僧都」作と伝わるものを貰い受けたとされています(1673年~1679年頃)。

四.本多家付きの寺院として

 伊勢国桑名へ移転して以来、浄専寺は本多家付けの寺院となります。その後、本多家は各地へ移封されたので、その都度これに附随して諸国を点々と移動します。その移転地は、
  • 「桑名」(~1617年)
  • 「姫路」(1617年~1639年)
  • 「郡山」(1639年~1679年)
  • 「福嶋」(1679年~1682年)
  • 「姫路」(1682年~1704年)
  • 「村上」(1704年~1710年)
  • 「刈屋」(1710年~1712年)
  • 「古河」(1712年~1759年)
  • 「浜田」(1759年~1769年)
を経て、本多忠粛(ただとし)が岡崎城主となった翌年の1770年(明和7年)に岡崎城下へ再来住し、1793(寛政5)年に六地蔵町に移転します。

五.六地蔵町時代(1793年~)

浄専寺

 六地蔵町に移転してからは、本多公の令によって、毎年4月19日より25日まで「蓮如上人御祥忌」を執り行うようになります。「蓮如上人御祥忌」では、数多くの出店が立ち並び、老若男女が群参して大変賑わったと伝えられています。
 そのことから、忠髙山浄専寺は「れんにょさん」として、地域の方々から広く親しまれるようになります。しかし、1919(大正8)年4月17日の夕刻、「蓮如上人御祥忌」の準備をしていたとき、不慮の火災によって本堂を消失してしまいます。

六.忠髙山浄専寺の復興(1919年~)

浄専寺
【大正9年】
(本堂再建計画始動)
浄専寺
【大正10年】
(浄専寺再建計画図)
浄専寺
【~昭和2年】
(完成に向けて)
浄専寺
【~昭和2年】
(完成に向けて)
七.元能見町に「浄専寺」を開く
(昭和3年4月完成)
浄専寺
 本堂再建移転に向けて、当山13代目住職の三浦良英の尽力と数多くの門信徒方のご協力・ご懇志により、昭和3年4月(1928年4月)に現在の元能見町に本堂再建を果たします。当時としては珍しいコンクリート造りの本堂となって、現在にまで至っています。

八.戦時中の託児所として
「元能見保育園」を開く

元能見保育園

 昭和13年、太平洋戦争のために子どもを託児する必要性が生まれた地域の人々の願いを、当山14代目住職の三浦良威(りょうい)が受けて、浄専寺内に託児所を設立したことが元能見保育園の始まりです。その後、昭和23年に設立認可を受け、昭和57年には社会福祉法人じょうれん会の認可を習得します。
 元能見保育園は、「子どもと大人が 共に生き、共に育つ」を保育理念として、現在まで地域の子どもたちの保育を担ってきています。

お問い合わせ・地図

◇所在地◇
〒444-0063
愛知県岡崎市元能見町152番地
◇電話番号◇
◇メール◇
jyosenji@gmail.com
◇アクセス◇
●電車でお越しの方
 ①名鉄「東岡崎駅」から徒歩28分 距離約2㎞
 ②愛知環状鉄道「北岡崎駅」から徒歩15分 距離約1.2㎞
●バスでお越しの方
 ①名鉄バス「能見町」下車から徒歩4分 距離約400m
●車でお越しの方
 ①バス通り方面は「能見不動尊」の信号を曲がり約300m
 ②1号線方面は「末広町南」の信号を曲がり約300m
◇メール◇
jyosenji@gmail.com